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2020.04.30 (Thu)

noteに書いています☆

ズーアシュブログが滞っておりますが
わたくしnoteにてまた書きはじめております


https://note.com/reset_therapy


しかしnoteが皆さんレベル高くってズーアシュブログのノリでは書けないとゆー、、


書くことに戸惑う日々


これ慣れるのかは




Fumei 




つづく
18:25  |  未分類  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2020.01.07 (Tue)

2007.9.15-2020.1.2

2020年1月2日 午前0時30分ごろ

アシュタが

とても穏やかに

息を引き取りました


あしちゃん享年12歳。




それは突然起きたような

そうじゃなかったような、、、


いまでもなんだか複雑で

多分これからもこんな風に複雑のままでいるのかなー




アシュタが寝たきりになったのは去年の11月で

2年前に見つかった左足の癌が急変して浮腫あがり、

その左足の巨大さと重みで

頼りにしていた右脚にも限界がきて歩けなくなってしまって。



でもそれまでのこのおよそ2年間

本帰国したことでアシュタはますます元気を取り戻して日本を大満喫

時には癌の足で耳を掻くという凄ワザまでみせてくれるようになったり。



それとは裏腹に

ここで診てもらった獣医さんはレントゲンを見るなり驚愕していたくらい

アシュタの癌はアシュタの左足の骨を全て溶かしていたので先生は


いやーこんなことになってるのにいったいどうやって生きているのかね、、
むしろどうやって歩いているのか、もうこれは医学とかでは説明できない力だよね、、、と。



そんな癌の住む足で器用に耳を掻くとかまじ神業だわあーさん、、と

わたしは本当にいつも感心して

アシュタのその凄技を眺めてはたまに急いでビデオに収めたりしていて。



それが去年の11月

突然左足がむくみあがって巨大化してしまったので

右足も限界

いつもがんばっていた右足は疲れ果てたのか

力を失ってとうとう両脚が立たなくなり

アシュタの寝たきりオムチュ生活がスタート。




しばらくはがんばって這ってトイレやお水を飲みに行ったりもしたけれど

完全に歩けなくなった頃には

頑張っていた右足の筋肉もみるみる落ちてプラーンとして

もはや身体の飾りもののように申し訳なさそうにそこについていたような、、


オムツ替えの時、邪魔なのでプラーンとした右脚をそっと避けるのだけど

毎回密かに

形といい重さといい、て、手羽先みたいだな、、と心の中で思っていたけど

特に誰に言うでもなく。

ただ本当に毎回思っていた手羽先。のちに本物の手羽先に救われるんだけど。



オムツ替えは多い時で1日10回くらいしていたから

相当な数わたしはアシュタの右足を見ては手羽先を思い出していたんだな。




ワンコにおむつを使うのには色々な工夫が必要で

介護もはじめてのわたしには暗中模索。

今ひたすら思うことは

もっと老犬介護を予習しておけばよかったー、、



はじめは安いトイレシーツを使っていたせいで、

早速アシュタのおしりに褥瘡という大きな床ずれを数か所作ってしまった。

それが安いトイレシーツのせいだとも

気づくまでには何日もかかったり

なぜそんな事にも気付けなかったのか


ほんと時間が戻るなら

あの時だけには戻ってあの間違いを直してきたい


もーーーー最初からアテント使っておくんだったよーーー!!!!




そう強く後悔せざるえないくらい褥瘡は本当に残酷

即座に気付かなければいけなかったことなのに。かーさんの大ばか。



褥瘡は壮絶で

なんと放置すればすぐにウジ虫がわいてしまうらしい。

しかもそんなこと、獣医界では結構ざらのようで

少し検索しただけでわんさか大グロ摩季な画像が出てくるもんだから涙



こ、これはかーさん、なんとかして治さないと!!って



この時わたしとアシュタの

本気の褥瘡撃退大作戦がスタート


まわりでは知られていることだけど

わたしはアシュタを滅多に病院へ連れては行かないわけで。

どんな病気も

わたしとアシュタは二人三脚で乗り越えると、

乗り越えられると

なぜかすごい確信がいつも胸にあり。



どんな些細なことも

即獣医に診せないということが酷いと思う人もいるだろうし

現にわたしもいつも迷いながらの選択だったし

痛みがあったり苦しんだり手に負えないと思ったときはそりゃ一目散に獣医に走るし



でもそうじゃないときは

いったい何が正解なんだろうと葛藤をしながらも

でも最後にはいつも

わたしとあーさんの心の声を優先するようにしてきたのかな。今思うと。





時にはガチ24時間体制の手当てを数日することもあったー、、、

専業主婦のかーさんと勇敢なあーさんのなせる業w

まーそこはとーさんに感謝ね。




アシュタはかーさんのどんな手当てにもついてきて

そしてなんでも乗り越えてきた

獣医が全く治せなかったずーさんの耳血腫も

アシュタになったときは

安心してください。必ずやかーさんが治しますので!!とアシュタに誓いを立てて

ほんとに数週間で耳血腫を完治。

なんだったのずーちゃんのたいへんな通院&意味のない薬だのなんだのーーー涙



まー、そういう積み重ねがますます自信になっちゃったりなんかしてね


だからね

こんな褥瘡だってきっと

しーんぱーいないさーーーー

あしちゃん、こんなのかーさんがぜったい治すからね!とアシュタには誓いつつしかしよ、、、


今回ばかりはそのパックリと切れて血が滴り

皮膚の層さえ見えているようなディープな傷を見ると

正直あの時治せるっていう確信は


なかったのーーーorz、、、




実際褥瘡がマックスに酷かったとき、あーさんは一度二日間一切の飲食をやめて

骨と皮になり

もう旅立とうとしているのだとわたしも覚悟を決めたし、親しい人たちにはもうすぐかもしれないと
連絡を入れていた


前に、旅立ちの前に飲食を止める行為は
そうすることで身を軽くしてよりラクに逝けるようにする死への準備、動物の本能であると読んだことがあったから


だから尚更、もうこりゃあーさんもとうとう準備を始めたか、、、、としか思えず
わたしも密かに心の準備をはじめていたの



飲食をやめたときって

よく無理にスプーンや手で食べさせてあげる光景をみる事があるけど

動物にでも人間にでも。

食欲が落ちたときはそうやって食べさせましょうと老犬介護の本にも書いてあるし。


でもそれが相手にとってうれしいのか迷惑なのか

食べて体力をつけないと乗り切れないっしょ!という声もあるけれど、

わたしはあえて食べて欲しいという想いは抑えて、

ただひたすらあーさんの身体の声を聞くことに集中



身体が食べ物を欲さないときは
きっと身体の要求通りにしてあげるのが、きっときっと良いのだと
母は信じてやまなかったのです。




食べない子を観察する間、
わたしもつらいつらいよーーーでもググッても答えなんてないしさ涙
ひたすらタイミングをみてお水をさしだしては
拒否されてガックリを繰り返したり。



幸いアシュタはあのとき、3日目の朝からお水を飲んでくれるようになって本当に安心したわー涙

お別れじゃなかったんだあしちゃーーーん!となんだか再会できたような感さえ。もう感無量。



1日目2日目は顔を背けた鶏と野菜のポタージュも

3日目からはペロリ完食で突然回復をし始めたあーさん

痩せ細った身体は骨と皮だけ

なんと巨大化していた足の癌まで半分くらいに縮まっていてそれには驚いたしそのまま消えてくれたらいいのにって期待さえしちゃうくらい。



あーさんは2日間の断食で

ゴッソリとデトックスをしていて

4日目には目にキラキラと輝きが戻り

毛並みに艶がもどり

デクオとまたケンカをし始めた笑

いーよいーよーケンカしちゃうくらいの元気いいよーーーー!!!


憎っくき褥瘡も、頻繁なシャワーとドライヤー、ひまし油、ラベンダー精油と白色ワセリンの常時手当てでみるみるよくなり、


発見から数週間後にはすっかり完治したのよーーーざまあみそ漬け褥瘡グッバイ褥瘡!!!


これはね本当にうれしかったわーー涙


あんな壮絶なのも治せるんだ、、、やればできるんだ、、、とまたあーさんかーさんペアが力を合わせてレベルアップした瞬間ね。キノコ食べてカラダ二倍になったくらい、スター取って無敵で走り回っちゃうくらいうれしかった。そうあのマリオみたいに。



このころからネットで見つけた手羽先の食餌を取り入れたり。でた手羽先w


鶏の過熱した骨が犬界でタブーななか、

その方のサイトでは手羽先ほと栄養価が身体にダイレクトに届く食材はないと書かれていたので驚いたけれど、なんだかとっても惹かれてね。

まずは近所で買った100グラム90円くらいの手羽先を試してみたの

効果を知ってからは遠くの業スーまで車借りて行って6キロ買ったりネットでも5キロ買ったり!


手羽先や手羽先の先は骨がパリっとなるまでレンジで加熱して

さらに一口大にはさみで切ってアシュタに見せると

仔犬のデクオが食らいつくのに負けないで

途端にあーさんが目をギンギンにさせて

わたしの指までガッツリ引きちぎりそうに食らいついてきたからこれにはびっくり


朝晩のポタージュの合間に手羽先おやつを二回毎日取り入れて
かーさん気分は動物園のペンギン餌付けショー。


毎回あーさんとデクオを座らせて手羽をひとりずつにあげるんだけど

どうも餌付けショー感否めずサイコーに楽しかったわわたしが!

ボリボリ食べる姿もサイコー!

鶏の骨がダメとか説マジなんなのーーーー!


さて、

手羽先は必要な栄養が全て身体に吸収されるので
うんちは残りカスだけを排出するかのように固くしっかりしたものを出してくれるようになったのもサイトの情報どおりでかーさん感激~◎


うんちが健康だとおむつの中でも原型を留めていてくれるのでおむつ替えが超絶楽になるし、なんせあーさんプリティなお尻を汚さないので痛めてしまうこともなくて本当に助かったのよ


ただ気になったのは

せっかくの手羽栄養を
またもや癌もが奪い始めて、
せっかく小さくなった癌の住む左足が
身体がふくよかさを取り戻すのと同時にまた大きなりはじためたこと、、、、



ところで賢いあしちゃんおむつを替えて欲しい時、

いつも前足を出して寝ている姿勢から、前足で上体を起こして座りなおった良い姿勢でひたすらわたしを目で追うので


そうされたらおむつを変えるという合図がいつの間にかできていて。


昔からあーさんとのコミュニケーションに苦労したことはなかったから

こんなときも本当に助かるわーとつくづく賢いあーさんに感謝感謝の日々









あの元旦の夜も、

わたしは実家の一階で家族との新年会を終えてお風呂から出て
(1階に置いておきたかったのだけど犬他2匹がちょっかいかけるからアシュタが気疲れしちゃうんじゃないかと2階に置いていたの。今思えば、たとえどうであっても1階で一緒に過ごせばよかったというわたしの覆せない後悔。)

アシュタのいる二階の私の部屋に行くと

あーさんは寝ていた体勢から座りなおしてわたしを目で追うので

わたしはいつも通りに

あしちゃんオムツ替えよか?と聞いて

座っているアシュタのうしろから

赤ちゃんのオムツを確認するように

いつものようにチェックして。



ただそこにはいつもの原型を留めたうんちではなくて

ほぼ下痢に近いうんちが顔を出したので

わたしの怒りの先はね、、、


うちのおもてなし番長、


おかーさんよ。(実母)



夕方私が出かけている間にあーさんをちょっと見ててねとお願いして

おもてなし番長おかあさんは数時間、あーさんとそりゃ濃厚な時間を過ごしてくれていたそうなんだけど

そしてそれは超ありがたいんだけど

おもてなし番長ったら勝手にあーさんに

ミルクとかクッキーとかでもってもてなしてましてね

3歳の孫が来たんじゃないっつーの

数週間前死の淵をさまよった12歳のおばーちゃんあしちゃんなんだっつーのよ、、って


母の無謀なもてなしに

思わずそばにいたリリコに


もー!涙
ばあばが牛乳とかクッキーとかあげたからさーーーー
あしちゃんが下痢しちゃったよーー!
自分のワンコじゃないのに勝手にそーゆーことさ、、、もーーーダメだよねーーー怒


ばあばっ子リリコは困りながら、う、うん、、、とオロオロしていたけれどわたしはおかまいなしにプンプンしてね。


アンガーマネジメント学べよホントってくらいわたしはまだプンプンしながらアシュタをいつもするオムツ替えの体勢にして

でもいつになくあーさんがその時手を少しバタバタさせたので

ごめんごめん頭そこじゃ苦しかったねと

まるで新生児を抱えるようにあーさんの頭の位置を直しながらも


夕方勝手にミルクとヨクモックのシガーをあげて、

「も~アシュタよく飲んでよく食べたたのよ~あの子はエライ!」と嬉しそうに話していたおもてなし番長のことを考えながら


あーーーーもーーなんで余計なことをーーー!!とイラつきながら


あの時いつになくわたしはオムツ替えには全然集中していなくて
(毎回ひそかに新生児みたいなあーさんのおむつ替えを楽しんでいたワタシなのに☆)


ただただイライライライラ手だけを動かしていたそんな時あーさんが


うぅぅーハウ~

って。


はて?

この12年で聞いたことない初の声で小さく鳴いて


それと同時に癌の脚に薄くクモの巣みたいな紫の血管がフワッと浮かび上がってすぐ消えて

その後アシュタのおしっこが溢れて止まらなくて

わたしは新しく敷いたオムツでそれをあわわわわわこりゃまじ新生児だわと必死に受け止めながら

むしろそこしか見ていなくてイライラしていたのも忘れて


いやいやいやいやあしちゃんそんなにオシッコでるー?

まだ?え、まだでんの?!

みたいなことを思いながら

やっと止まったおしっこを見届けて


わーあしちゃんいっぱい出たねー(実家だから)超がまんしてたー?オムチュのくせに☆とか言おうとふとあーさんのお腹を見たら


微動だにしないお腹。


いつもはゆっくりの呼吸でへ凹んだり膨らんだりするピンクのお腹

静止。

待っても待っても

静止。



11月ごろ具合が悪くなってからは

スヤスヤ寝ているときもかーさんはあーさん死んじゃったんじゃないかと毎日心配で

いつもお腹の呼吸を確認していたから

お腹は裏切らないと、

お腹はいつもあーさんの無事を教えてくれると信頼しきっていて。


いつだって

あーよかった、スヤスヤねているだけだったー!と安心させてもらっていたから

あのとき2秒待っても3秒待っても動かないピンクのお腹を見つめる間

わたしも無呼吸。

もう4秒、5秒動かないお腹をきっと動くよ動く!と見ていたときには気が遠のくくらいパニックで

それから徐々に恐る恐る目線を上にして

そこに寝ているように目を閉じて動かないアシュタの顔を見たときは

何度も

あした!!あしちゃん!あしちゃんーあしちゃんーて

泣きながら名前を呼ぶのが精いっぱい

小さい子みたいにほんとにただ

ヤダヤダヤダヤダヤダーーー行っちゃやだーーお別れやだーーーとしか思えなかった



同じ部屋で数分前までおもてなし番長への愚痴を聞かされていたリリコは
ちょうど布団に入ったところだったけど
尋常じゃないわたしの動揺ぶりに飛び起きて


ママどうしたの、、、あしちゃんどうしたのーーーと泣きながらやってきて


わたしは


あしちゃんが
あしちゃんが
死んじゃったかもしれないーーと

アシュタの顔を撫でながらそう言って


リリコはダディに言ってくるー!!と泣きながら急いで階段を駆け下りて


新年会を続けていた残りの家族全員と文太とデクオを連れて戻ってきて


みんながアシュタのもとに駆け寄ってきて


わたしなんか

あーちゃんよ、こんな絶妙のタイミングってあるかい、、、、

そんなことをぼんやり思っていたわ





わたしはあの時アシュタといて

数分後には日本にいるいつも揃わない家族全員がアシュタの周りにかけよって。



アシュタは褥瘡もないキレイでふっくらしたツヤツヤの毛並み身体のまま

元旦に普段わたしから禁止されている牛乳を母からもらって

牛乳にはやっぱりヨクモックよねと言うおもてなし番長の独断の想いを込めた最強のおやつをもらい堪能しながら


大好きな母と

小さい頃添い寝までしてもらっていた母と

たくさんお話しをして濃厚な時間を過ごしてから

母にも会えて久しぶりの牛乳も飲んでヨクモック食べて笑

きっと大満足で旅立って行ったに違いない



ていうか動物が旅立ち前に飲食一切やめるってあのはなし

くつがえすよね~~~~~


それがわたしのスーパーあしちゃん

博多出身日本ロンドンニューヨークシンガポール在住歴あり。アムステルダム旅行歴あり。

それがわたしのスーパーあしちゃん

多分世界一世界を旅をしたフレブルのギネス。

世界のあしちゃん (は!また手羽先w)


今思うとあの日の夕方は

夕食の支度をする母とバトンタッチする形で夫が夕飯までアシュタと昼寝をしていたり

夕飯時、新年のおせちを食べながらもみんなでアシュタの話をしていたり

母が頻繁に二階のアシュタを気にかけてまたこっそりヨクモックと牛乳を持って二階に行ったり笑

わたしはそれを見たときまじ心底怒って

もー勝手にそーゆーのやめてよ下痢になるんだから!

と咎めるもおもてなし番長は、


あらそうなのか、、じゃお水に少しだけ牛乳なら大丈夫よきっとウフ☆みたいに呑気に言ってまた階段を駆け上がって行ったから


もー!と言いつつ、少しならまー、、と思い直つつ、気にかけてくれてありがとうと心の中で思ったり。



母は勢いよく二階に上がって行ったけど

しばらくして

アシュタ全然食べないのよ、、と残念そうに戻ってきたから


当たりまえでしょ食べないよそんな何度もー!

と心と裏腹にわたしはまたおもてなし番長につらく当たっていたりしてね

母は、そっか、、と寂しそうにアシュタが食べなかったおやつと牛乳を片付けていて。


まさか数10分後にアシュタの最期が近づいているなんてわたしたちは知る由もなく。






大晦日、元気に褥瘡死にかけ事件から回復したアシュタを乗せて

お正月をアシュタも大好きな実家で過ごすために、午後1時頃車で家を出たわたしたち。

新入りデクオもあーさんも一緒に車で遠出するのははじめてで。

帰りにアシュタがいないなんてこれっぽっちも思っていなかったあの時。


アシュタは久々のお出かけにウキウキしていて(わかりやすいの)

こなれた様子で車に乗り(飛行機と車移動はお手の物☆)

いつもの定位置で終始リラックスして実家に到着。


懐かしの実家に、心底安心した様子にわたしも良かったねまた来れて。と声をかけたくらい。



そのあともことあるたびに家族みんなで

アシュタが来れて本当によかったね、ほんとよかったよねまた年が越せて

とアシュタの話ばかりしていた気がするわ。いや、していたわ。




アシュタは皆があつまる元旦の深夜という絶妙のタイミングで旅立ちの時を決め

わたしたち家族は死の淵から復活して元気になったアシュタを想い爽快に幸せに大晦日と元旦をむかえ

みんながゆっくりし始めた日付の変わった2日の深夜


わたしがおむつを替えに行くのをあーさんはじっと待って

わたしとアシュタのいつもの日常が流れる中、


すーっと
本当にすーっと息を引き取った。


わたしの後悔はたくさん。

なんであのときに限ってイライラおむつ替えてたのとか

なんで一緒に一階で過ごさせていなかったのとか


でも

滅多に全員があつまることがないお正月に

絶対になくならない実家という地で最期を迎えるなんて


誰にも考え付かない

賢いあーちゃんにしか考え付かない

こんなわたしに最後まで最高の親孝行してくれたあしちゃん


ほんと最期まで健気なわが子でありました。


今頃ずーちゃんと仲良く

ブーブー言いながらブヒレスしてくれているよね絶対



かーさんは

アシュタと出会えて

本当にしあわせでしたよ

信じることとか、がまんすることとか、あきらめないこととか

たくさん教わりました。


ありがとねあしちゃん。


それからたくさんごめんね。

それなのにたくさんありがとね。




かーさんはあしちゃんがいなくて寂しすぎるけど


これからは胸の中にいつでも一緒なのよねあしちゃん。





あしちゃんたくさんおつかれさまでした
ゆっくりゆっくり休んでね


We love you Ashty girl!!!!!!!


最期まで完璧じゃなかったざんねんなかーさんより愛をこめて



おわり。
14:01  |  未分類  |  コメント(2)  |  編集  |  Top↑

2019.02.21 (Thu)

花粉症

先週目を赤くしてたコンチャン


鼻水は砂糖摂取過多の習慣病みたいなもので万年性故に、花粉症かどうかはよく分からず



今週始めからリリの鼻水タラー&目が真っ赤


おまけに朝は目が開かないらしい


鼻水タラーも鼻がつまってるからかめないと。






思い出すわ~わたしの13歳のあの日



学校にいたら目が痒すぎて


鼻が痒すぎて


おまけに熱っぽくて



本能のままに目を掻いてたら




真っ赤に腫れ上がって友達中にドン引きされ



早退することになったあの日⭐️




あれから30年近くも




わたしは花粉症なのね、、、でも20年くらい海外と出たり入ったりだったから最近はもう日本花粉の脅威を忘れていた、いや、身体が鈍くなってか強くなってか、マスクなしでもいける、、、下手したら目なんかかゆくないわ




リリコナは完全に花粉症発症中



しかも免疫ないからリリなんか重症でかわいそう、、




ACVと、ビタミンDで乗り切れるか実験🧪







おわり
10:58  |  未分類  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2019.02.18 (Mon)

日本生活

去年の4月今の帰国子女受け入れ校の今の学校に編入した我がキッズ
過酷体験は始業式のその日その朝に始まったわけで
帰国子女受け入れ校だけありこの日から編入した子供達も全学年でざっと10名
新入生が1人ずつ朝礼台に登らされ、全校生徒の前で一言言わされるという地獄。
その意図、是非校長に聞いてみようと思うわ今年
なんせわたし今年PTA役員(-_-)
最初は、あーやっぱり度胸つけさせるための先生の策略?とか思ったけど、様子見てる限り深い意図はなさそうな学校
あ、代々やってるんでやってます、、、なノリの学校。帰国指定だからって素晴らしいところを夢見てわざわざ引っ越して来たけど、普通の区立です。
というわけで、だいたいみんなリリコ含め高学年中学年は朝礼台で挨拶、やるしかないと意を決してこなしていくんだけど
そーは問屋がおろさないのがうちのコンチャン(-_-)
やつは逃げた
逃げて隠れて
そりゃそうだ
私だって嫌だわ日本からアメリカの学校入れられた初日に朝礼台で自己紹介なんて!
新二年生、しかも海外からで日本語もろくに話せないのにこれはかわいそうだと、てっきりスルーしてくれるだろうと校長見たら、
じゃあお母さん一緒に朝礼台あがって頂いて、、、と言い出した校長
私もとっさに
いやいやいやそれは(ないだろ!)と断ると
白羽の矢ざっくりリリコに、、、
じゃあお姉ちゃん言ってあげて👩🏻‍🦱と言い放つ校長
判断ミスも指導もいいとこだわ校長先生
しかしリリコはイイコ
ニネンセイニオトウトガイマス
コンチャンデス
と言い切った涙
もーなんて日だ!
リリコ後で、もー意味わかんない😫なんでリリがやらなきゃいけなかったのー😫
と嘆いていたが
そりゃそうだ。
全てはコーチョーの判断ミス❤️
まー校長先生もその学校しか知らなければ、帰国の気持ちもわからないか、、、いや分かれ大人なら!笑
というわけで波乱万丈な日本生活の幕開け。
書くの躊躇してたのはこの日記、一般公開していて検索にもひっかかるから、あんまりね、、、日本のことは書けないよね、、、
この際!日本生活別ブログしようかしら!
思うことは色々ありつつ、、、
つづく
10:20  |  未分類  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2019.02.01 (Fri)

やってまいりました恒例の!宜保!

わたしと宜保


つまり義母は


まー仲良しなんです。



そうつまんないでしょ。




険悪とか犬猿の仲くらいがオモロよねーネタとして⭐︎





まーさ宜保に思う事は多々あれどそれはあちらもこちらに思う事もあろーしよ、別にいーわけよ会ったとき平和ならね。←上部w





が。です。



遡る事10年前からそれは始まったわけで、、





リリコを生んで翌日くらいから


義両親がキター!




翌日はウソかも3日後くらい?





とりあえずそんくらいワサワサしてるときに来やがったー!





が、あの頃は良かった。義父がいた。





義父の色んな阻止により宜保はそのぶっとんだ行動を制止させられていた。




ありがとう今はなき義父よ、、、て死んでないんだ義父は⭐︎





一昨年熟年離婚ですよ奥さん!




義父出て行ったもんで、グッバイ義父w





リリコ生んでから来たのを最後に義父は来る事なく、なぜかそっから数年毎年宜保ひとりで来やがることになるのです。





コンチャンが生まれたときは5週間もいやがって!




産後なのに宜保もウザすぎて、いや宜保とスコオがウザすぎて死にかけたわけよねわたし。





でねーそっから滞在期間を2週間にさせ、それでも懲りずに来る宜保。




前回シンガポールは10日したら、超文句言ってたわけですよ。なんで10日なのかしら。短すぎる!てな!




まーね




ただのばーさんならまだいい。




この宜保1日中デカイドラ声で朝の6時から黙らねー



息子帰ってきたら夜中1時までしがみついて離れねー



自分の買い物しすぎ




人のプライベートに首つっこみすぎ




孫には本の一冊だって買わないわけよね




まさに




BBAによる
BBAのための
BBAだけが楽しみたい2週間
かっこ嫁はどうでもいい





まーこー暴走するBBAを
野放しにしてんのは我が夫なわけでね



しかもふたりしておんなじような顔してて




わたしはねー
もうひとり敵と戦う2週間





毎回もうやめてくれ



もうこないでくれと願うも必ず来る次回。





そんなわたしたちも大都会東京に昨年引っ越して参りましたよ。




家賃たけー
家せめー




もう来ないべ宜保よ



を空気読めないのが宜保と我が夫。




ゴリゴリ来ようとしてんだ来月!




断固拒否よ今回!



ぜーったい無理!





情はない。




そんなに来たい来させたいなら家の一件でも買ってみろ極小マンション賃貸の身でナニヌカシトンネンオンドリャー




です⭐︎







もーイラつきすぎて今朝英語で



宜保 呼んでないのに 来る 2週間



ググったら





あるわあるわおんなじ境遇の欧米人妻の叫び笑




すごいのは



薬局でかえるナンチャラって薬を紅茶に混ぜて自ら旦那の前で飲んでみて!吐いちゃうから!

で旦那に心配されたら言うのよ

もうすぐ宜保が来るストレスで最近吐いてばかりなの、、、



真っ当な旦那ならすぐに実母に電話してうちのハニーナーバスになって毎日吐き続けてるんだ、、今回はキャンセルで!って断るはずよ!これを来ると分かる度三回くらい繰り返せばもう二度と宜保は来ようとしないハズ⭐︎





てアドバイスが壮大かアメリカ⭐︎




でもこれ




やりてー!





もっとすごいのは普通に電話で



お断りします⭐︎




て言えってやつ笑




言えるか!笑




はー




今回ばかりは


こんな兎小屋には



来させて好き勝手やらせるわけには行かない。




ナンチャラて薬飲んで吐いてでも阻止ー!








おわり
15:06  |  未分類  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑
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